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もしも残りの寿命がデジタル表示されたら『TIME』

実は今、キャリア教育を支援する企業様とちょっとしたご縁があって、日本の教育CSRについていろいろ調べているところ。

それにしても日本では、キャリア教育っていうと一般的には「就職指導」を思い浮かべる人が多いらしいのですが、本来は社会とかかわるためのスキルを身につける教育。社会にはいろいろな考え方を持つ人が存在し、生き方や仕事観も様々であり、そんなさまざまな人で構成されている社会でより良く生きていく力を身につけていくための考え方や方法や選択肢などを教科として学ぶということ。

サラっと言ってるけど、これは正解がないから教える側も受ける側も相当難しいんですよ。
まず「いろいろな考え方を持つ人と接する」ってことだけでも大半の人は十分経験していないんですよ。だって自分とは異質の人たちと接するなんて疲れることはほとんどの人は避けて生きてるわけですから。

社内研修で違う部署の人たちとグループワークで自己紹介しただけで、20年以上社会人やってってもコミュニケーション力全然鍛えられてないじゃんってよくわかりますよね。そんな大人にグローバル人材を育成しろなんて、そりゃ無理な話です。

さて、個人的には生き方の選択についてすっごく関心があるのですが、「自分の生き方」を意識したタイミングってみんないつ頃だったのかな…私は実はつい数年前なのです。

生き方を真剣に考えることの重要性を教えてくれる大人が私の周りにいなかったのか、自分の行動が自分の未来を創ることに意識が向かなかったのか…まあ、束縛されることなく自由に生きてこれた半面、自分に合った生き方を意思を持って選択できるようになるまでに随分と遠回りをしてきました。

「いや~遠回りをしたからこそ学べたことがある、人生に無駄はないよ」と胸を張って言いたいところですが、何も産み出さない無駄に過ごしてきた時間が大半であったのも事実。その結果には責任が伴うということも身をもって体験してきたわけです。

ってことで、私のようにゴニョ ゴニョと後悔する大人を量産しないよう、物心ついた頃から自分の生き方について真剣に考えさせる仕組みはないものかと妄想してみました…ヒントは「TIME」という映画。ちょっと乱暴ですけど、こんなんいかがでしょう?

医学の進歩により25歳で年を取らなくなった人類は残り寿命を「通貨」として利用するという設定で、「タイム・クロック」というのが体に組み込まれていてこれが「0」になれば人は死ぬという社会。つまりコーヒー1杯を買うのにも、寿命の残り時間から「秒数」を差し引くという恐ろしい仕組みなのです。

私の妄想はこんなに恐ろしい仕組みではないのですが、全人類の寿命が75歳と決まっている社会。せっかくだからタイムクロックもいただいて、生まれた瞬間から死ぬまでのカウントダウンが腕に表示される仕組みにしましょう。通貨ではないのでみな平等に時間が減っていきますが、良い行いをした場合は時間がプラスされます。

ただし、良い行いをされた側がそれを認めた場合に限ります。プラスされた時間は銀行に貯金される仕組みにしましょう。貯金されている時間は他の人にあげることもできます。

これなら与えられた時間をどう生きるか、どう使うか、子どものころから親が真剣に教えるでしょうし、子ども本人も意思を持って考えるでしょう。中には他人を傷つけても好きなことだけしかしない人生を選択する人も出てくるかもしれません。何もしないままただ死ぬのを待つだけの人生を選択する人が出てくるかもしれません。でも70年もそんな生き方を続けることができるとも思えませんが、どうなるかわかりません。

唯一つ確かなのは、生き方を真剣に考える人が格段に増えるということ、その結果より良く生きることを選択する人がさらに増えることを期待して、今日の妄想は終了。

「TIME」予告編MOVIE